携帯電話


本日は、親父の四十九日だった。


実家にいったら、死ぬ半年前に、親父が買った
FOMAの新しい携帯電話をくれる、という。


親父は、機械にも、電気にも強かった。
若いころから、ラジコン、パソコン、ラジオ製作、アマ無線
なんでもござれ。
でも、死ぬ半年前におふくろにせがんで買った携帯は、
使いこなせなかった。


脳腫瘍で、頭をやられていたから。


親父が入院したのは、昨年の六月。
腫瘍の場所が顔の動脈に近く、
田舎の大学病院は切除手術実施に二の足を踏んだ。
おふくろは、親父を切り刻んで、ベッドにくくりつけておくのは
いやだ、といった。
放射線照射して、1か月後に退院。
家に戻ってきた親父は、入院していた記憶ばかりか、
ここ数年の記憶がすっぽり抜け落ちていた。


携帯電話なんか操作できるはずもなかった。
それでも、ほしがったのは、なぜだろう、と思う。


弟に操作の仕方を教えてもらっていたらしい。
こどもたちと、家族の携帯番号を登録していた。


私にも一度だけ新しい携帯から電話があった。
このときは、会社に行く途中だったので、急いで切ってしまったが、
よくここまで回復したなあ、とうれしかった。
すぐに、親父の携帯番号をメモリに入れた。


しかし、携帯はやっぱりというか、ほどなく解約された。
弟がそばにいないと、使えなかった。
好きにさせようといっていたおふくろも、
まちがって多額の請求書が届けられることは心配していた。


きょう受け取った親父の携帯には、
おふくろと親父が、遠出して出かけたとおぼしき公園での
写真が入っていた。


写真の親父は、ステロイドの副作用でまんまるの顔をしていた。


携帯は、子どもたちと話したかったためじゃなくて、
自分の存在証明みたいなものとしてほしかったのかもしれない、と思った。


病院から家にもどった親父は、自宅の電話でおふくろや
姉が話すのをいやがっていた。
なんか自分の悪口をいっていんじゃないか、と感じていたようだ。
周りの人たちは、親父の機嫌を損ねないように、
家に電話をしなくなっていた。


そのくせ、自分では携帯がほしいなんていうもんだから、
どうなってんのよ、と私なんかは思った。


だから親父の新しい携帯には電話しなかった。
メモリには、はいっていたけど。


でも、きょう着信履歴を見たら、けっこう弟も姉も母も、
義理の妹も電話していた。


みんなえらいなあ、と思った。
けっこう親父は何気ないことに怒ってたのに。
向き合ってたんだね、そんな状態でも。
自分も一回くらい電話てやればよかった。
そうすれば、親父は解約しなくてすんだかもしれない--


なんともいわくつきの携帯。軽い後悔とともに、いま手元にある。
あすドコモのショップで手続きしてこよう。
親父は怒るかしらん。
電話もしてこなかったのに、つかってやがるって。